
まず、断食月とは、イスラム暦の9月にあたるラマダンをさしています。イスラム教は預言者マホメットによって起こされた宗教です。マホメットは、メッカ(サウジアラビア)の郊外で、アラーの神の啓示を受け、イスラム教の布教を始めましたが、メッカ市民の迫害を受け、622年、ヤスリブ(後のメディナ)にひそかに逃げました。これはヘジラとよばれ、イスラム暦の紀元となりました。630年数度の戦いの後、メッカを征服して、翌年には、アラビア半島全土がイスラム教を受け入れました。その後イスラム教は、西は、北アフリカからイベリア半島まで、東は、イラン・イラクから中央アジアまで進出し、今日にいたっています。マホメットがもたらした「コーラン」および「ハーディス」には、6つの「イーマーン(信)」と5つの「イバーダート(行)」と呼ばれる教義があります。その5つの行、すなわちイスラム教徒たるものは、1)信仰告白:「アラーをおいて神なし。マホメットはアラーの使者なり。」を唱えること。2)礼拝:メッカの方向(キブラ)に1日5回お祈りをする。3)断食:イスラム暦の第9月の日中に行う。4)喜捨:貧しい人や布教、聖戦に従事する人に寄付を行う。5) 巡礼:一生に一度はメッカのモスクに巡礼する。巡礼はイスラム暦の12月に行われる。をしなくてはならないと、示されています。
断食の内容は、朝、日が昇る1時間ほど前に飲食を済ませ、日中は、飲食を断ちます。日が沈みお祈りが終わると、胃を刺激しないよう、一日の疲れを癒すよう、甘いものや飲み物を取り、後に本格的な食事をいただきます。これを約1ヶ月続けるものです。
中東のバハレーンにいた時は、断食月ラマダンに入ると、政府官公庁、民間のオフィスは午前中だけの業務となり、午後はお店もすべてしまっていました。そして夕方、大砲の音が1日の断食の終わりを知らせていました。勢い、夜は昼間の静けさとうってかわり、夜遅くまで、昼間の分を取り返すかのようでした。
マレーシアでは、断食月になると、せいぜい断食をする人と、しない人とローテーションを組んで、断食をしている人は、就業を早くするかわりに、早めに家に帰るというくらいで、普段とほとんど変わらない生活をしなければなりません。私の同僚などは、朝早く起きて食事をしなくてはならないし、日中は断食をするので、疲れやすく、つらいとこぼしているのを聞いたことがあります。特に、最初の一週間は体が慣れないので、大変だといっていました。
また今年のように雨季で、あまりかんかん照りにならない年はいいのですが、ほかの国も含めて暑い時の断食はかなり堪えます。なにしろつばを飲みこんでもいけないといわれているからです。ですからこの時期になると、よく道端につばを吐き捨てる人を見かけるのです。日本人から見ると、つばを吐き捨てるなどと、目くじらを立ててしまいそうですが、仕方ありません。
また何歳くらいからやるのかという決まりはありませんが、早いうちだと学校に入った年からという家もあれば、中学校に入ってからという家もあり、だいたいの家は7歳から10歳くらいのころから始めるようです。ちなみに生理、妊娠、授乳中の女性はやらなくてもいいそうですし。また海外に旅行中の人は、そのときはやらずに、あとでやらなかった分をやってもよいそうです。
この断食は、もともとその昔は食べ物、飲み物が不足し、特に戦争中は大変なつらい思いをしたことを、忘れないように、また世界のあちこちで、つらい思いをしている人たちのことを思い、また自らを厳しく律することで、いわゆる欲求を押さえ、よりよい社会を保とうというねらいがあるそうです。
そんな一ヶ月は、終わると俗にいう、「ハリラヤ」というイスラム教でもっとも楽しい行事があります。これは1ヶ月の厳しかった行をやり遂げたことを祝い、家族や友人たちが家家に集まり、親交を深める時期で、日本のお正月のように、特別なご馳走をつくり、、衣服を新調したりします。現在では、日本のお年玉や中国のアンパオ(紅包)の習慣をまねて、子供たちにお金を与えたりもします。また、ルマ・テルブカ(オープン・ハウス)といって、家族、友人、ご近所の人など、誰でも家に招待して、飲食を振る舞います。
今年2001年、1月6日にはマレーシアの文化・観光・芸術省の主催で、私の古巣Istana Budaya(国立劇場)で、大規模なルマ・テルブカがありましたので、その様子をお伝えいたします。持っていったカメラの調子が悪くてあまり写真が良く取れませんでした。ダウンロードに時間がかかりますことご了承くださいませ。





左から順に、、王様お妃様がお歩きになられるレッドカーペット、その奥のテントの下には、お食事ができるようテーブルといすが用意されています。黄色はこの国の王族の色です。2枚目:テントの下にはハリラヤならではの特別の御馳走がたくさん並んでいます。3枚目:ケトゥパと呼ばれる、もち米をバナナの葉で包み、ゆでたものを作っているところです。右側の女性は、バナナの葉を編んだものの中に、もち米を入れています。左側の女性は、出来上がったケトゥパをバナナの葉から取り出し、食べやすくきっています。4枚目:王様とお妃様が一般の人たちと挨拶をしています。(握手ではありません。両手を互い違いにお互いに合わせるのがマレーシア風の挨拶です。)5枚目:たくさんの人たちが、王様たちをひと目見ようと集まっています。黄色い傘が、王様とお妃様の日傘です。6枚目:テントの下には、クアラルンプールの5スタークラスのホテルが、さまざまな料理を出品していました。副首相と、その夫人の姿もかすかに見えます。


私の古巣、国立交響楽団も軽いクラシック音楽を何曲か演奏しました。指揮をしているのは、昨秋より、常任指揮者に就任した、ムスタファ・ファウジ・ナウイ氏です。2枚目:国立劇場に所属するガメランの演奏で、王様方をお迎えしました。3枚目:王様方をお迎えしたエスコート役は、同じ国立劇場に所属する踊り子さんたちです。
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